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Chapter 6

「ロザリーさんも一緒にハロウィン祭り行かない?」

図書館に行ったあの日から元気がないロザリーさんに、少しでいいから笑顔になってほしいな。

「ハロウィンか。…懐かしいな。ネネの国でも祝うのか」

「ロザリーさん、ハロウィンしたことあるの?」

「あぁ。仮装して近所の住宅を回ってお菓子を頂きながら回る祭りだろう?」

ロザリーさんの目は、どこか遠くを見ていた。

「うん、そういうハロウィンを開く所もあるね。この町だとそういうのは無いかな…」

「そうなると、何をするんだ?」

「近所で仮装大会と花火大会があるんだ。お家を回ってお菓子を貰ったりはしないけど、綿あめとか、チョコバナナとか、たこ焼きとか、あと金魚すくいとか、いろいろな屋台が出たりするんだよ。花火大会も、あんまり大きくはないけど綺麗だよ」

「ふむ…国によってまちまちなのだな」

「そうだねー。国の中でもいろいろだよ。ロザリーさんが言ったみたいに、お家を回るところもあるし。…そういえば、ロザリーさんが仮装したところも見たいなー!いつものドレスも素敵だけれど…。前、わたしにドレスを作ってくれたでしょう?お礼に、わたしにロザリーさんを衣装を作らせてよ!それで一緒にハロウィンの仮装パーティに行こ!」

「今日のネネは、やたら積極的だな。何か嬉しいことでも、あったのか?」

「そんなんじゃないよー!でも、ロザリーさんと一緒のハロウィンだと思うと、なんだかうれしくて、何かしたくなっちゃってさ。」

「そんなものか?そんな詳しいとなると、友達などと何回か行ったことはあるだろう?」

「ロザリーさんと一緒に行くのは、初めてだよ?」

「たしかに、それはそうだが…」

ロザリーさんの顔は、やっぱりうっすら曇り空で…。

「ロザリーさんこそ、何か嫌な事あった…?わたしで良ければ、相談に乗るよ」

「ありがとう、ネネ。心配を掛けてすまない。アリスの事が、どうしても気になってな…」

「…そっか」

「アリスは今どこに居るのだろうか。今日も元気だろうか。…まだ生きているだろうか。そんな事を考えていると、こんな毎日を過ごしてもいいのだろうか、ハロウィンのような祭りを享楽的に楽しんでもよいものだろうか。わたしにそんな資格はあるのだろうか…そう思ってしまってな」

「…うーん。じゃあさ。ハロウィンまでにアリスを探して、アリスを招待してさ、みんなで一緒にハロウィンに行こうよ!」

「…ネネの言うことは、いつも唐突だな。アリスを見つける当てはあるのか?アリスは、80年前にイギリスで生きていたであろうことしか分からなかった。仮にまだ生きていたとしても、このたくさんの人間の生きている地球上から、探し出せるだろうか。仮にイギリスだけに絞ったとしても、難しいだろう。そして、仮に、探し出せたとして、わたしの事は覚えてくれているだろうか。覚えていたとして、眼の前に現れた半分人間のわたしを、あの日の人形だと信じてくれるだろうか。そして、わたしにまた会って一緒にハロウィンを祝ってくれるだろうか」

ロザリーさんの口からは、流れるようにたくさんの不安が流れて。

「きっと大丈夫だよ。アリスの今の居場所さえわかれば、なんとかなるって」

「ネネは、いつも楽天的だな」

「だって、悩んでても何にも起こらないでしょ?もしアリスがロザリーさんの事を覚えてなかったり、会ってくれなかったら…その時は残念だね。でも、アリスの今が分からなかったら、そのことも確かめられないでしょ?」

「たしかに、それはそうだな」

「だからさ、アリスとハロウィンに行くために、一緒にアリスを探そうよ。わたしも出来るだけ協力するからさ!」

「…そうだな。ありがとう」

「ありがとうを言うのはまだ早いよ!じゃあさ、アリスとの思い出とか、パパやママがどんな人だったかとか、どんな家や町に住んでたかとか、もっともっと教えてよ!」

「わかった。覚えている限りのことを、喋ろう」

***

ロザリーさんの記憶によると。ロザリーさんとアリスの住んでいたところは、自然が豊かで、すごく曇りが多くて、冬はたくさん雨が降ってたみたい。…インターネットで調べてら、イギリスにはそんな地域はいくつもあるみたいだった。

アリスもママもパパとは仲がよかったけれど、パパはあんまり家には居なかったんだって。世界中を飛び回っていて、たまに帰ってくるときのお土産がアリスは楽しみだったんだって。うーん、…単身赴任?

ママはいつも家に居て、近所の人たちにお裁縫や、お洋服の作り方を教える教室を開いてたみたい。アリスやロザリーさんの服は、ママが作ってくれてたんだって。

うーん、これだけじゃ、どうしても分からないなぁ…。

そうだ。

「ロザリーさんがアリスと別れたときのことを教えてよ。…もちろん、喋りたくなかったら無理にとは言わないけれど…」

「気にしないでくれ。アリスにつながりそうな手がかりになるかもしれないなら、思い出せるだけの事を思い出そう」

「ありがとう!…アリスが成長して、お人形遊びから卒業した、とか?」

「…いや、そうじゃない。ある日、アリスが一時的にパパと一緒に仕事先に行かなければならなくなってね」

「…うん」

「本当にすごく急だったようなんだ。前日に決まって、急いで荷物を纏めてね。もちろん、アリスはわたしも一緒に行こうと言ってくれた。ただ、あまりにも急いでいたから…わたしをベッドの中に置き忘れてしまったんだ」

「…アリスは、帰ってきてくれなかったの?」

「あぁ。アリスが言うには、すぐにパパと帰ってくると言っていたから、心配はしていなかったんだが…帰ってこなかった。」

「…」

「すると、ある日見知らぬ大人が何人も部屋にやってきて。わたしはゴミとして、捨てられた」

「ロザリーさん…聞いちゃ悪かったかな…」

「何を言っている?アリスはすぐに帰ってくると言ってくれた。それは嘘ではないとわたしは信じている。きっと、なにか事情があって帰ってこれなくなったんだ。…だからこそ、わたしはアリスの今が気になるのかもしれない。」

「ロザリーさんは、本当にアリスのことを心から信じているし、心配してるんだね」

「当たり前だ」

ロザリーさんの目は、真剣そのものだった。

「…ロザリーさんに教えてもらった手がかりをつかって、もう少し調べてみるね」

「あぁ、本当にありがとう。わたしに協力できることがあれば、何でもいってくれ。」

「うん」




わたしは図書館に毎日通った。インターネットも調べつくした。

そしたら、ついにアリスの「今」がわかっちゃった。

…でも…もしこれを…ロザリーさんが知ったら…。




今日はついにハロウィン。家の外からは、賑やかな声が聞こえる。

…アリスが居ないのは残念だけど、ロザリーさんには、楽しんでほしいな。

「ねぇねぇ、ロザリーさん。見て、昨日やっと完成したんだ!」

「…おぉ。これは、魔女の衣装か。テレビではあまり見ないが、絵本ではよく見るものだな」

「うん。黒い衣装の似合うロザリーさんには、これも似合うかな〜って。テレビの魔法少女も可愛いけれど、ロザリーさんに似合うのは、こっちかなって」

「そうか。…アリスも昔、そんな衣装を着てわたしと一緒にハロウィンに…いや、なんでもない。すごく素敵だ。ありがとう」

「早速着てみてよ」

「あぁ」

***

「うわー!すっごくかわいい!」

ロザリーさんの金髪と白い肌、黒いマントと黒い帽子。まるで本当の魔女さんみたい。

「もうすぐ始まっちゃうよ。一緒に行こう!」

「あぁ。ネネは、わたしの作ったエプロンドレスか。着てくれて、ありがとう」

「ううん、だってかわいいもの」

「なんだか、まるで今度はネネがアリスになって、わたしがにネネなったようだな」

「あはは、そうかもね。早くいこ、早く行かないとたこ焼きとか売り切れちゃう!」

「わかった。ちょっと待ってくれ。」

外に出ると、空の上には、まんんまるなお月さまが光っていた。




初めて見る日本の祭りは、とても賑やかだった。

「ロザリーさん、こっちこっち!」

たくさんの鳥居と、紅く光る提灯と、黄色く光るジャック・オー・ランタン。ハロウィンは別の宗教のお祭りではないかとネネに聞いたが、この国ではあんまり気にせずいろいろな宗教を混ぜてお祭りをするのだという。

ネネとわたしで精一杯探したが、結局、アリスは見つからなかった。アリスと祭りを楽しめなかったのは残念だったが、仕方ない。わたしはネネが用意してくれたこの一時を、出来る限り楽しもうと誓った。

日本の祭りといえば、チョコバナナだそうだ。チョコシロップを掛けたバナナ。ネネと初めて会った…殺そうとした日の事を思い出しながら、わたしは祭りを楽しむ人たちの1人になった。

暗闇では、球体関節人形であることはわからない。




ハロウィン祭りの最後といえば花火大会!

わたしだけの秘密の場所に、花火が始まる前に急いで歩いていった。ここで見る花火は、すごくきれいなんだ。

花火が打ち上がると、すこし経ってからパーンって音がする。

「ロザリーさん。実はね…アリスの居場所が、…たぶんだけど、…わかったんだ」

やっぱり、ロザリーさんには本当の事を喋りたい。ロザリーさんに、隠し事はしたくない。…わたしの口は、勝手に動きはじめちゃった。

「なに…本当か?」

「たぶんね。この写真は、アリスじゃない?」

わたしはロザリーさんに、図書館で見つけた古い新聞の記事から撮ってきた、古ぼけた写真の画像を見せた。

「…あぁ、間違いなくアリスだ。この白黒写真の写り方も、アリスと過ごしていた頃と何も変わらない」

「…そっか。…アリスはね、もうこの世には居ないんだ」

「…やはり、もう寿命を全うしてしまったのだろうか。80年も、前だものな」

そういうロザリーさんの口調はとても頼もしかったけれど、…表情は暗闇の中で、よくわからなかった。

「そうじゃないの」

「それでは…一体?」

「アリスはね、…80年前に、戦争で死んじゃったんだ」

「そうか…戦争では、誰しもが死ぬ可能性がある」

花火が辺りを明るくすると、ロザリーさんの顔が見えた。ロザリーさんは冷静に振る舞おうとしていたけれど…やっぱり、目に涙が溜まってた…。でも、この話は絶対に最後まで伝えなきゃ。

「…うん。アリスのパパは、イギリスの外務省のえらい人だったんだって。それである国に大使?として派遣されたんだって。当時はイギリスがしっかり占領していた地域だから安心って、家族みんなでね。でも、すぐにその国が敵の国に占領されそうになってね」

「アリスとパパは、本国へ逃げなかったのか?パパは、偉かったのだろう?それに、アリスによれば短期だったはずだ」

「うん、それでも、逃げなかった。その国には、敵国の人からすごく憎まれてる人たちが居てね。アリスのパパは、その人たちがひどい目に合わないように、ギリギリまでその国に残っていろいろ手を尽くしたんだって」

「そうか。立派なものだ。…では、アリスまで、なぜ?」

「人助けではあるけど、本国のイギリスからは全く良く思われなかったみたいで。アリスは分からないけど、他の家族も一緒に手伝ってたから、アリスも含めてイギリスへは逃げなかったんじゃないかな。でもね、最後、全土が占領されそうになって、どうしようもなくなって逃げようとしたんだけど、…敵の国の人に捕まって、アリスもママもパパも、殺されちゃったんだって」

「…そうか。この新聞記事には、なんと書かれているんだ?」

「悪を成す敵国の大使と家族に正義の鉄槌を下し、我々は平和を守ったって事が書かれてるんだって。敵の国からしたら、悪い人、だもんね」

「…そうか。」

すると、突然、強い強い風が吹き荒れて。…花火の打ち上げは止まっちゃった。




わたしは…なんて愚かなんだ…どこまでも真っ黒な自己嫌悪で、この心が染め上がっていく。

「…わたしが悪魔と契約したのは、…確かに、消えてしまうことの恐怖だったのかもしれない。でも…本当は、それよりもアリスにまた会いたかったんだと思う。

 でも、…アリスはもう居ない。80年も前に居なくなった。それでも、それを知らないわたしは、死神にたぶらかされて、死の恐怖と持ち主に会いたいという身勝手な欲望のために、その決して願わない願いのために、665人もの人を殺して…。こんなわたしは、人々を救おうとしたアリスに合わせる顔はない…こんなわたしは、今すぐ地獄へ堕ちて消えたほうが、いい…」

「違うよ!そんなことない!」

そういうと、ネネはわたしを抱きしめてくれた。

強い風が、まだ吹き荒れている。

…ネネに抱きしめてもらっているのに、悪寒が止まらない。

この気配は、…忘れもしない。死神だ。

空を見ると、満月だった。死神と契約した締切の、満月の日だ。…わたしの命は、やはり今日で終わり、ということだろう。それで良いと思った。…わたしには、人として生きる資格なんかない。

突然。

暗闇の空から飛んでくるナイフが見えた。…死神に渡された、あのナイフだ。…なるほど、わたしもあのナイフに刺されて死ぬのか。人を呪わば穴2つ。…この国の、そんな言葉を思い出した。

しかし、ナイフはわたしには刺さらなかった。…代わりに、わたしを抱きしめてくれていたネネの心臓を貫く。

「ネネ!」

ナイフの直撃を受け、ネネは倒れ、意識を失った。

…わたしは、結局ネネを殺してしまった。

わたしのことを信じて受け入れてくれたネネを。

わたしを助けてくれたネネを。

わたしに心を許してくれた、もう一人の「友達」を。

だが…ネネに刺さったナイフからは、なぜか、血は出なかった。

「ネネ、大丈夫か、ネネ。ネネ!」

わたしはどうすればいいのか、何もわからなくなった。ただ、ネネの名前を呼びかけることしかできない。

わたしの目からは、大粒の涙が流れて、ネネを濡らした。

だが…涙は、何も解決しない。




ハロウィンの夜。花火大会は、突然の突風により中止になった。

中止になった花火大会の会場には、人形と人間の女の子だけが残った。

人形が人間に話しかけ続けていると、いつのまにか突風はやがて止んだ。

人間に刺さっていたナイフはいつのまにか消えさり、人間はゆっくりと目を覚ます。

「ネネ、目を覚ましたか…良かった。ナイフがネネの心臓に刺さって、死んだかと思った」

「…そうだったんだ。ええとね。わたしが寝ていた間に、死神さんの声が聞こえたの。だから、お願いしたんだ。ロザリーさんを消さないでください、わたしの命は今はあげられないけど、他になにか方法はありませんか、って。そしたらね。死んだ後にお前の命を食べて、ロザリーさんと一緒に地獄に落ちるなら、ロザリーさんを人間にしてやろうって」

「もしかして、ネネ…」

「うん。ロザリーさんは消えなくていいんだよ!」

「ネネ!なんてことを!地獄は、…きっとつらいぞ。わたしはそれでいい。わたしなんか地獄に堕ちて当然だ。でも、ネネは…ネネまで…そんな…」

「それでもいいよ。ううん、それがいいの。きっと、地獄でもロザリーさんと一緒なら楽しいよ。『なんか』なんて、言わないで。だって、こんなにつらいこの世だって、ロザリーさんと一緒ならあんなに楽しかったんだもん!」

「ネネ…」

「実はね、わたしも捨てられたの。パパとママが離婚したあとは、ずっとママと一緒に住んでたんだけど、ある日…お母さんは他の男の人と、どっか行っちゃって、それからずーっと帰ってこないんだ。それから、わたしはずっとあの家に一人で住んでたの。でも、ロザリーさんが来てくれてから、毎日毎日、とっても楽しくて…。

 それで、ロザリーさん。人間になったら…

 また、わたしと一緒に遊ぼうね!」

「…ああ!」

人形の少女は虹色の風になり、満月の空へと消えていった。

その風は、さきほどのものと違って優しくて穏やかだった。